お し ゃ べ り 地 蔵

 笠石の川向こうという所に、「おしゃべり地蔵」と呼ばれている二体のお地蔵さまが祀られていました。
 このお地蔵さまは、昔はここより奥の川向という所に祀られていました。
 川向という地名の起こりからお話ししましょう。今は人の住まない家が一軒あるだけですが昔は四、五軒の家があり、家の前には小川が流れています。その川の流れに向かい合うように家が並んでいた所から、川向と名付けられたということです。
 その川の中州には、大きな石が一つあります。川向の人たちは、その大きな石の上に、守り神として二体のお地蔵さまを並べてお祀りしていました。
 川向の人たちは、朝な夕なに手を合わせ、ー日の無事を祈り、子の健やかな成長を顧い拝んでいました。
 不思議なことに、お地蔵さまが二人並んで座っているせいか、かん高い子供のような声でおしゃべりをしているように聞こえるのです。
 いつの間にか、誰言うとなくお地蔵さまを「おしゃべり地蔵」と呼ぶようになっていました。
 しばらく経ってからのこと、「おしゃべりをしているお地蔵さまはうるさいから、どっか他のいいどごに移ってもらおうじゃねえか」との話が出ました。
 相談の末、「逆久保の大杉の根元がよがっぺー」と話がまとまりました。
 秋の取り入れも済んだ地蔵講の日(十ー月二十三日)みんなの背中に乗せてお地蔵さまの、お引越しをしました。
 ところが、それからお地蔵さまたちは全くおしゃべりをしなくなってしまったそうです。
 でも川向の人たちは、春秋の地蔵講には欠かさずだんごを供え、念仏を唱え、よく信仰したということです。
 お地蔵さまは、川向に人が住まなくなってからまた人家に近い笠石の入口にお引越ししましたが、いまも赤い帽子と、赤いチャンチャンコを着て、いつもやさしいお顔で笠石の人たちを守っています。