せん ふく じ       ひ
泉 福 寺 の 曳 き 寺 の は な し

 それはむかし、三百年前のことです。
 小里郷にはたくさんのお寺があり、その中に、松安寺というたいへん大きなお寺がありました。
 そこは非常に閑瀞なところで、四季を通じて泉が湧き出ていて、キジやヤマドリ、キツネやタヌキなど、さまざまな動物や鳥たちが沢山いたそうです。
 この寺は、小里郷が岩城領であったころ、小里城主の白土右馬之助によって、菩提寺としてたてられました。そのころは、千二百人の檀那と四か寺の末寺をもってたいへん栄えていたそうです。
 ところが、慶長年間に岩城氏と共に佐竹氏の国替えがなされ、当地方も徳川氏の支配になり、松安寺はつぶされ、なくなってしまい、残された檀那は途方にくれてしまいました。
 檀那たちは、「菩提寺を」と殿様に熱心にお願いし続けたところやっと、お許しがでて貞享元年(一六八四年)多賀郡小木津(日立市小木津)の泉福寺を曳き寺することになりました。
 しかし、寺を曳くにはたいへん苦労がありました。途中の村むらの人たち総出で、本堂の梁や柱等を運ぶために、牛や馬、ある時は人力で松安寺跡へと村送りされたと語り継がれています。
 祖先の思いが今日もこの泉福寺を守っています。
 なお、この地にあった旧松安寺は秋田に移って松庵寺となり、いまでも寺燈をつづけています。