なえ   たいら   ため いけ
苗 の 平 の お 溜 池

 むかしむかし、それは江戸時代のお話です。
 折橋村の苗の平に住む牛方の男が、一日の仕事を終え、牛を引きながら家路を急いでいました。
 苗の平は、深いところこある集落なので急な山道を通っていかなければなりません。
 日が暮れて、あたりがだんだん薄暗くなってきました。最後の坂を上り、苗の平の明かりが見えてきたときです。
 道のまんなかに人が立っていました。
「今ごろいったい誰だっぺ」
と思いながら男が近づいていくと、それは、きれいな着物をきたとても美しい女の人でした。
「すみませんが、私をその牛に乗せて、ふるさとの久慈浜まで連れてっていただけないでしょうか」
 女の人は、とてもきれいな声でいいました。
 やっと家の近くまで仕事から帰ってきた男は困ってしまいましたが、仕方なく乗せていくことにしました。
 女の人は、お礼として小判を一枚男に渡しました。
 久慈浜の小さなほこらのまえで女の人を降ろし、また苗の平に帰ってきたときには、次の日の明け方になってしまいました。それで男は帰って来るや否や、疲れ切って寝込んでしまいました。
 その日の夕方から激しい雨が三日三晩降り続きました。
 苗の平には、それはたいそう大きな溜池がありましたが、水かさがどんどん増えていき、そして三日目の夜、とうとうその「お溜池」は壊れて流されてしまいました。
 あの日、牛方の男が牛に乗せた美しい女の人は、「お溜池」に住んでいた主だったのではないかというお話です。