|
殿 様 が 通 っ た 日
五月晴れのその日、少年は校長先生の命を受け、「殿様」が通るという横川の精進場で、お湯屋の上の方から来るその姿が見えるのを待っていました。
八騎の馬の列が見えるとすぐに小学校に取って返し、先生に報告しました。授業を中止してすぐに校舎の前に並び、校長先生以下全校生徒が殿様の一行を待っていました。
学校の前の道路は、その日の朝、たけぼうきできれいこ掃除してあり、迎える準備も整っていました。
ほどなくして一行は、学校の前を通過しましたが、ほとんどの生徒は先生の言いつけを守り、下を向いていました。何人か上目使いに行列を盗み見した生徒もあったようです。
今は、この少年も八十才を過ぎる古老となりましたが、天竜院の御殿に一泊して山をおりてきた行列のことを話してくれました。
道沿いに住んでいた人たちは、土下座してこれを迎えたとのことですが、中には、ちらっと顔を上げたところ、奥方さまは、にこっと微笑み返されたそうです。
「殿様」とは、水戸の徳川家十三代当主徳川圀順公のことなのです。森林経営に熱心であった公は、隣の高萩市、大能地区まで家族を連れて来ることがしばしばあったといいます。現在地元では「徳川さん」と呼んでいるとのことです。
この話は、東京から汽車を利用し、高萩駅で下車したあと、大能集落の人たちが用意する馬で天竜院に向かい、一泊したあとは天竜院集落の人たちが折橋宿までお伴したときのものです。
*天竜院 大能地区、徳川家十一代当主昭武公が馬牧場として
明治十五年に政府から払下げを受けたもの。十三代当主圀順
公が山林に切替え、現在は十五代目の斉正公が管理している。
|
|