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ころ
し び と 転 ば し
篠手から東へ路をたどると十王町黒坂に出ますが、その路の峠を鬼越えといいます。その北側は急傾斜で、大きな石がごろころと露れ、足でも滑らせたら深い谷底までも転げ落ちそうな恐ろしいところです。ここを地元の人々は「死人転ばし」と呼んでいます。
むかし、毎年不作続きで年貢が納められませんでした。怒った殿様は、村に無理難題を持ちかけました。
「これが出来なければ村長を打ち首だぞ」といって来たのです。
その難題というのは、「灰で縄をもじって来い」ということです。
息を吹きかければ、吹き飛んでしまうようなあの灰で縄を作れる訳がない。よい知恵が浮かびません。ほとほと困り果てているところへ、一人の若い男が進み出て来ました。
「もし私でよければなんとか考えましょう。五日の時間を下さい」といいました。
「もし出来なかったときは、私が打ち首になります」
五日目の朝、男は坂の上に乗せた灰の縄を待ってきました。なるほど間違いなく縄です。
早々にその縄をもってお城に出かけました。
殿様はあまりにも早く、灰の縄を作って来たので「うむっ」と唸ったが、良く出来たとも言えず次の難題を持ちかけてきました。
「縄が出来る位ならわらじだって出来るだろう。作って参れ」と言いました。
またまた困った村長は若者に、「今度はわらじを作ってくれないか」と頼みました。
若者は、早々にわらじを作り村長と共に参上し、「これこの通り出来上がりました」と差し出しました。
さすがの殿様も今度も唸りながら、
「良く出来た」と言ってくれました。
そして、殿様は、「この作り方を是非教えてくれ」と言いました。しかし若者は中々口を割りません。あまり熱心に聞くので、男は今後このような無理難題を決して出さないという約束で、明かすことになりました。
「実は、私には今年七十になる母親がおります。お殿様は六十才になると不用人として山に捨てるようにとのお触れを出しています。しかし、私には何としても、長い歳月苦労をして私を育ててくれた大切な母ですから、そのような惨いことは出来ません。よくよく考えた末に、床下に穴を掘り、その中に母を隠しました。何か困ったことが出来ました時は床下の母に相談をして、知恵を借りました。縄もわらじも母に相談しましたところ、まず縄をもじり乾いたら淡い塩水に浸し、陽に干し、乾いたら板の上に乗せて、燃やせば形が崩れることもなく、灰の縄が出来上がると教えられました。わらじも同じです。掟に背いて申し訳ありませんでした」と申しました。
さすがの殿様も、「わしが悪かった。長い歳月苦労してきた親を、不用人になったとして山谷などに捨てさせることは、誠に無残なことだった。この間違っている掟はすぐに取り止めて、親を大切にするようにとお触れを出すことにしよう」と言われ、若者にご褒美を下さいました。
それから「しびと転ばし」へ年老いた親を連れて行く人はいなくなったということです。
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